当山西教寺は、延宝5年、県下三浦郷に釋了故が宗祖親鸞聖人の顕された本願念仏の教えに基づき、人々と共に浄土往生を願いつつ開山。その後、大正13年に、釋順道(故、靍見鉞治郎[第一世住職])が現在地本牧小港に寺地を移転し、今日の礎を築きました。
しかし、先の大戦では昭和20年5月29日の横浜大空襲により堂宇の消失など幾多の困難に見舞われましたが仏法繁盛の願いのもと、釋明音(故、靍見明音[第二世住職])をはじめ門徒・縁者の力を結集する中、これらを乗り越えたことです。
寺地移転、復興を経た後、釋順紘(故、靍見紘[第三世住職])は寺の更なる活性、そして、付属の幼稚園を通し幼児教育に尽力し、老若男女問わず、それぞれが生まれた意義と生きる喜びを求め続ける場を開いていきました。
これら先代達の築き上げてきた歴史が絶えぬよう、真宗の教えを根本に、地域社会から求められるお寺として何が大切なのか、そのことを深く考え、力を尽くしていく所存であります。
第四世住職 釋順正(靍見正樹)